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影の将軍【細川藤孝が影の将軍なワケ】 [細川藤孝]

ちょっと久々の「戦国ネタブログ」の更新です。まだまだ寒いですなぁ~

今回は徳永真一郎の「影の将軍」を紹介します。この小説の主人公は細川藤孝(幽斎)。で、なんで影の将軍ってタイトルがついているかというと、藤孝は最後の足利将軍である15代将軍足利義昭のお兄ちゃんという説があるんです。

藤孝のお父さんは12代将軍足利義晴に仕えていた三淵晴員といわれていますが、晴員の奥さんは義晴の“お手つき”で子供を身ごもったまま晴員に嫁いだため、この子供が藤孝であるという説があります。この小説はその説をとって、藤孝が弟を将軍につかせるべく奮闘するという話です。

ちなみになんで細川なのかというと、晴員は細川家の次男坊で三淵家の養子となったんですが、藤孝は晴員のお兄ちゃんである細川元常の養子となったので細川を名乗っているんですね。ややっこしい。。

そんな藤孝は弟を織田信長の力を借りて将軍につかせましたが、信長に刃向かおうとする弟に愛想を尽かし、友人の明智光秀を介して信長の部下になります。息子(忠興)の嫁に光秀の娘(ガラシャ)を嫁がせたのに、本能寺の変後は秀吉側につき、関ヶ原では東軍と信長・秀吉・家康と上手く生き抜いた武将の一人です。

藤孝は和歌や茶道などの教養人として有名ですね。関ヶ原の戦いの際にわずか500人の軍勢で田辺城に籠り、小野木重勝らの西軍15000に囲まれたのですが、古今伝授が途絶えることを憂いた後陽成天皇の勅命により講和が結ばれました。芸が身を助けたということでしょうか?

この小説は藤孝といいつつも後半は忠興をはじめとする細川家全体の話となっています。徳永真一郎氏は題材にする主人公の武将はなかなかのセレクションなのですが、なぁーんか小説全体のハーモニーに欠けていて満足できないんですよね。後半とか駆け足なため史実をただ羅列している感があるし。。

ちなみに忠興の後は三男の忠利が継ぐのですが、長男、次男はどうなったのでしょうか?ガラシャの死や大坂の陣が関連していてとても面白いのですがそれはまた今度の機会に。。

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