SSブログ

戦国武将列伝6月号 [可児才蔵]

さて、2ヶ月に1回のお楽しみ、戦国武将列伝6月号が4月末に発売されています。今回もマニアックな武将の漫画が載ってますよぉ~

今回は可児才蔵を紹介します。宝蔵院流槍術の使い手で「笹の才蔵」として有名です。
才蔵は美濃の出身です。岐阜県に可児市というのがありますがまさにここの出身らしいです。

この人は藤堂高虎ばりに主君を代えています。
美濃の出身なので、斎藤龍興に仕え、斎藤家が滅亡後、織田信長の家臣間で転々とします(柴田勝家→明智光秀→前田利家)それからそれから、織田信孝、豊臣秀次、佐々成政と仕え最後の主人福島正則の時に関ヶ原の戦いがおこります。

すごい転職歴。。履歴書に書ききれませんね。

その関ヶ原の戦いが始まる寸前、東軍先鋒の福島正則隊のそのまた先鋒隊長だった才蔵の横を井伊直政と松平忠吉が物見といって抜け駆けをしようとしました。才蔵は咎めましたが、そのまま直政と忠吉が先陣を切ってしまい関ヶ原の戦いが始まってしまいました。

戦が始まると才蔵は獅子奮迅の働きで17つの首を取りました。ところがもちかえった首の数が足りなかったのです。
すると才蔵はこう答えました。「もって帰るのが重いのでそのままにしておいた。自分がとった首の証拠に口に笹をくわえさせている」と。確かに戦場に笹をくわえた首が転がっていて数えると17つの首をとったことになりました。ちなみに17個の首は東軍のトップ賞です。これはすごい、、というわけで「笹の才蔵」と称されます。

才蔵は若い頃から愛宕権現を厚く信仰していたため、縁日のある24日に死ぬと公言していてその予言通り、慶長18年(1613年)の愛宕権現の縁日の日に死んだとされています。

漫画では自分の仕える主君が次々と滅ぶため、自分には疫病神がいるのではないか考え、福島正則に勝たせたい考えながら戦っている才蔵が描かれているのですが、仕えた中で前田家は滅んでいませんよね。が、漫画の中では前田家に仕えていた事が描かれていません。まぁ、前田利家に仕えていたことを書いてしまうと漫画のコンセプトからずれてしまいますからね。意図的にはずしたのでしょうか?だとしたら、戦国武将マニアなめるな!って感じですね。すぐわかっちゃいます。


↓戦国時代ブログランキング参加中!
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
にほんブログ村




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:コミック

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。